Share Studyの理念β

Share Studyとは、知的好奇心がくすぐられるアカデミックな「セカイ」の入り口へと案内するべく設立された入門学術メディア。

Share Studyのキャッチコピー:道すがらの未知

「道すがらの未知」。このキャッチコピーでは、学問に終わりはなく、研究で最新の知見が分かってもそれはゴールではなくまだ道半ばのように新たな未知と出会うことを意味しています。

「Share Study」の意味

「Share」に込めた意味

「Share」には大きく3つの意味があります。

  1. Web上でのShare
  2. 学びのShare
  3. 僕とあなたのShare

Web上でのshare

学びというものを教科書や専門書といった堅苦しいものだけにするのではなく、比較的開かれた場として活用できるインターネット上で行うこと。そこで、まずは開かれたものとして学術をアーカイブしそれらを「Share」しようという意味を込めている。

学びのShare

学んだことや学術をShareするまたそれら情報発信を支援すると言っても、必ずしもそれらが「正しい」情報だとは言えない。そもそも知識だけだったらもうすでにWikipediaや書籍を購入すれば得られる。しかし、すべての学びを人の短い一生の中で得ることは現状不可能。だからこそ、具体的な学びそのもの(専門知識 etc.)ではなくそれら個々のものから抽象的な学びを得ることが大事とするのが、「Share」に込めた二つ目の意味。

私とあなたのShare

そもそも個人で得た学びというものも誰かしらが残した学びを「Share」していただき得たもの。であるから、「私」だけじゃなく「あなた」を巻き込んだ「Share」をというのが3つ目の意味です。

「Study」に込めた意味

「Study」には大きく二つの意味がある。「Study」という言葉以上に特別な意味はないが、英語のStudyには「勉強する」と「研究する」という意味がある。

  1. 勉強のStudy
  2. 研究のStudy

勉強のStudy

単純に何かしらの学びに活かせればという意味での「Study=勉強」。基本的に専門知識を集めるのではなく、一つひとつの学び方を中心にすることを示す。

研究のStudy

ただ単純に知識を得ることではなく、あくまでも自分で「Study=研究」していくことをサポートしていけるメディアをイメージしている。研究、もしくは学問とはあくまでも「仮説と検証の繰り返し」である。そういった意味で、これが正しいんだという情報を提供するのではなく、一人ひとりがそれらを自らの手で探っていけるような補助をすることを願い、特に「Study=研究する」という点を重視していく。

Share Studyの目的

『Share Study』の目的を端的に表すとこのようになります。

正しさを問い、応える力を身につけ、情報リテラシーと無知の知としての「教養」を身につける。 知らないことを知るだけでなく、知ろうとする「態度」を持つこと。

あくまでそうした「態度」を持ち続けることを目指すというもの。それぞれに、目的の趣旨を解説。

正しさを問い、応える力

「学び」とはただ与えられるものだけではなく、自らが「問い」を持つようになることが特に重要。その「問い」は本来、自己批判的に抱くものであり、ただ自身の考えを補強するために学ぶのではない。というよりも、そうした信念補強型の学びもあるがそれでは「正しさ」には近づけない。あくまで「正しく」あろうとすることが重要であり、そして同時にどのように、どの観点から「正しく」あるのかが重要になってくる。

そうした個々の特有な問のもと、それにただ「答え」を見出すのではなく「応える」ことを重視する。「答え」は本を読めば、ネットで検索すれば一定のものがいくらでも見つかる。そうではなく、あくまで自分の問に応えることが先にあり、その上で一般にも開かれた答えとしていくことが重要だと考える。

 情報リテラシーと無知の知としての「教養」

ここでの「情報リテラシー」とは、発信者・受信者双方における情報の読み書きのこと。自分が普段発している言葉や態度、またそれらに準じた解釈は何かしらのバイアスがかかってしまうことは避けられない。そうした点を意識し、外部のものだけではなく内部である自身にも批判的に吟味を行えることが学術においては肝要となってくる。また、ここで描く「教養」とはただ知識を持つのではなく、知識を如何ように使うかを身につけるだけでなく、倫理的な態度を持つことも意味する。

知らないことを知るだけでなく、知ろうとする「態度」

これらの点を自覚するためには、ソクラテスが言ったような「無知の知」を知ることが重要である。ここでいう無知とは、ただ知らないことを知るのではなく、それでもなお知ろうとする過程にソクラテスが至った真理がある。正直に言うと、これらはニーチェが言ったような「ルサンチマン」の一種であり、必ずしも正しいというものではなく、一種の自己啓発的な要素を持つものである。だが、現代哲学が向き合っているような一種のニヒリズムを乗り越えていくには、近代国家を支える社会契約的な考え方よりも、こうした個人における啓発的要素を重視することも「善き生」を考える上では大切な要素だという前提に立っている。

そうした複眼的な思考をしながらも、『知識人の表象』においてエドワード・サイードが述べたような「亡命者にして周辺的存在、またアマチュアでもありながら、権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手」として描かれる「知識人」足り得ようとすることが「教養」の指し示す意味となる。この著作でサイードがいう「知識人」は厳格なものではあるが、もう少し柔らかく広い意味での知識人たろうとすることも重要である。そういった意味で、開かれた学び、特に学術の機会がWebメディア上にて表現できればというのが、この文脈での趣旨である。

目的まとめ

こうした姿が知識人としての理想だと考えています。だが、皆が皆、自己批判を交えながら学ぶということは難しいことだとも言える。学びながらも気づけば信念補強型の勉強をしてしまっていたということはよくあることだ。であるから、そうした点をあくまで目的として意識していきながら一つの指針となるような学術メディア足れればというのが、このメディアの目的であり理想である。

Share Studyの目標

『Share Study』における現時点での目標は以下のように掲げる。

  1. 能動的な学びの楽しさを伝えること。
  2. 基礎理論や実践理論を越えた学術的価値を見出していくこと。
  3. 知的好奇心旺盛に学ぶ人、学んだことを発信したい人を支援する情報を届けること。
  4. 論文執筆経験等を通じて、自らの主張を完璧に「正しく」伝えることは非常に困難であることを実感してもらうこと。
  5. ただの知識の蓄積ではなく、方法論を提示しながら自らの学習・研究に活かす足掛かりとなること。

これらは下記の目的を達成するために考えられた。

 

正しさを問い、応える力を身につけ、情報リテラシーと無知の知としての「教養」を身につける。 知らないことを知るだけでなく、知ろうとする「態度」を持つこと。

能動的な学びの楽しさ

学びの本質とはただ与えられるのではなく、自らが持つ固有の問に応えようとすることにある。だが、皆が皆、能動的に固有の問を持つということは難しい。何かしらの経験といったきっかけがなければ問は生まれない。そこで、この『Share Study』ではどのようにしてそういったきっかけを得たのかという点にフォーカスしている。また、単純に知識と知識が繋がって得られるような快感、その楽しさを明るくユーモラスに伝えていくのも目標である。

基礎理論や実践理論を越えた学術的価値

学問とあくまで理論化等のために専門化・細分化されてきたのであり、一つひとつの学問で見る世界には限界がある。本来、世界とは世界そのものとしてあり、そこで浮かび上がる事象というものは決して言葉によって区切られたものではなく、もっと複雑な表しようのない何かである。そうした点から、基礎や実践といった価値に偏向することのない、智を愛する「愛智」という観点で学術的価値を見出していくことを目標とする。

知的好奇心旺盛に学びと発信機会の提供

しかし、そうした価値を見出していくには一人では到底不可能である。そこで、「知的好奇心旺盛に学ぶ人」や「学んだことを発信したい」という人に向けて、支援をするような情報をこの『Share Study』では届けたい。書籍ではもちろんのこと、断片的にすでに情報というものはインターネット上にて広く公開されている。しかし、あまりにも広がり過ぎた情報の洪水の中、また現代的な生活を強いられる中ではそうした学びを活かしていくことは、要する時間等も考慮すればそう簡単なことではない。そんな中、少しでもそうした意欲を持つ方に向けて情報発信の手間を省くことができるような情報を届ける。

完璧な正しさの難しさ

学んだことや考えたこと、ニュースを見聞きして感じたことなどは本当に正しいのか?と考えたとき、実はそれを正当化するには大変な労力がかかる。先ほども述べた通り、世界は複雑だ。こうした苦労は特に大学にて論文を執筆する際に味わうことができる。そこで、このメディアのメインターゲットである学生に向けて、どのようにしてそれら主張をすることが難しいのかということを発信しながら、また基本的な考え方、取り組み方等を支援する情報提供を行っていく。当然、ある程度一般化した情報になり、個々の具体的な事例にはそれぞれに適した考え方や理論がある。だが、少しでもそれら苦労を緩和し、また『Share Study』が掲げる目的の一つである「無知の知」の実践の手助けになることを目指す。

学習・研究の支援

これまで述べてきた通り、ただの知識だけでは研究にも、問を持った学習にもなり得ない。知識だけならすでにコンピューターが保持している。それらを活用し、かつ批判的な検討をしていくことに高等教育における学びの意義がある。どのようにそうした学術的なものが身につけるのかといったことを、個々具体的な理論に焦点を当てるのではなくやや一般化したものとして提示していく。

目標まとめ

これらはあくまで目標である。こうした考え方などは一つの解釈であり、一概に「正しい」と言えることではない。だが、こうした態度を持ち学ぶことが「教養」なのではないか。そうした足掛かりに少しでもなれるようなメディアを目指していく。また、最大の目標は学びを「楽しむ」ことにある。つまり、知的好奇心を持つことにある。それを基軸に一つひとつ、自らと外への最良な関係を模索することが肝要である。